尼崎城
Amagasaki Castle, Japan


登城日:
2009. 5. 2







【尼崎城概要】


尼崎城は1618年(元和4年)から数年かけ、
戸田氏鉄によって築城されたお城です。

着工から5年後の1623年(元和9年)に落成しています。




現在の尼崎市北城内、南城内にかけての
300m四方に築かれたそうです。

尼崎城の縄張りは本丸の北に二の丸、
西から南にかけて三の丸、そして
東側に松の丸と東の丸があり、
夫々の曲輪は堀で隔てられていました。



この尼崎城縄張り図は「月の輪殿」さんから頂きました。
「月の輪殿」さんのブログはこちらです。


尼崎藩は5万石の石高だったそうですが、
大坂城の西の守りとして築かれた為
3重の堀で囲まれた堅牢な造りになっていたそうです。

本丸跡は明城小の校庭になっていて
そこには高さ18mの四層の天守が
建っていたそうです。



海岸近くに築かれた尼崎城は、
海からは、まるで浮いているように見え、
琴浦城と呼ばれ親しまれていたそうです。


戸田氏鉄の後は青山氏が4代に亘って尼崎城の
城主を務め、1711年(正徳元年)には桜井松平氏の
松平忠喬(ただたか)が継ぎ、以降明治維新まで
桜井松平氏が7代続いて城主を務めています。



【尼崎城へのアクセス】


阪神電気鉄道の本線、または
阪神なんば線の尼崎駅下車。

阪神電気鉄道尼崎駅からは徒歩すぐです。

阪神電気鉄道の乗車記はこちらです。





【尼崎城登城記】



2009年のGW、この年の1月に開業した、
阪神電気鉄道阪神なんば線に乗車した際、
尼崎城に立ち寄ってみました。

尼崎駅で下車し、南に向かうと、すぐに
復元された尼崎城の石垣が見えてきました。



ここは、尼崎城址公園として
整備されているところです。

ここは当時三の丸の
西北に位置していました。



城址碑や建物の礎石を
思わせる石がありました。



復元された石垣と土塀は、当時の三の丸の
北側の位置に築かれているようです。



尼崎城の復元石垣は近くにある
図書館の周りにも築かれていました。



この図書館は、江戸時代中期の真言宗の僧、
契沖の生誕の地と比定されています。



契沖という人物、この碑で初めて知りましたが
阿闍梨という高い位まで上ったそうです。


この先にある安井神社を訪れてみました。
安井神社は庄下川の畔に建つ小さな神社ですが、
ここに、尼崎城天守の棟瓦が展示されています。



拝殿前に展示されている尼崎城天守の棟瓦。



1623年(元和9年)から1875年(明治6年)までの
250年に亘って尼崎の城下を見下ろしていた瓦です。


この桜井神社に向かったのが明城小学校です。



この小学校が本丸跡です。
国道43号線に面して、城址碑が立っていました。



明城小学校の校庭には尼崎城の
天守や櫓の復元模型がありました。

尼崎城の天守は、鬼門にあたる
東北隅に建っていたようです。



明城小学校の前には、国道43号線が走り、
その南側には阪神高速道路の高架橋が
聳えたっています。

その辺りは、三の丸だったところです。



高速道路の高架橋下の様子です。

運送会社の事務所になっていますが、
ここにはかつて旧国鉄の尼崎港線がありました。

一日2往復の客車列車が走る
都会の中の超閑散路線でした。

その尼崎港線にも乗ったのですが
その終着の尼崎港駅が尼崎港の三の丸跡に
あったとは、その時には知る由もありませんでした。

ありし日の尼崎港線の様子はこちらです。



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