牛込城
Ruins of Ushigome Fort, Japan


登城日:
2007. 4. 13







【牛込城概要】


東京・神楽坂にある光照寺の境内は
戦国時代にこの辺りの領主だった
牛込氏の居城だったそうです。




牛込氏は赤城山の麓に勢力を有していた
大胡氏を祖としているそうです。

大胡を走る上毛鉄道の
乗車記はこちらです。

天文年間(1532年〜1555年)に大胡重行が
北条氏の家臣となり、南関東に移り住み、
1555年(天文24年)に子の勝行が
姓を牛込氏に改めたそうです。

1590年(天正18年)の北条氏滅亡に伴い
牛込氏は徳川家康に従い、
牛込城は廃城になったそうです。


【牛込城へのアクセス】


JR中央本線、飯田橋駅西口下車。
駅前道路を北に向かい神楽坂上へ。
一つ手前の角を左折。
飯田橋駅かた約5分程。


または、東京都地下鉄大江戸線、
神楽坂牛込駅下車。
A2出口からすぐ。




【牛込城登城記】



飯田橋駅西口の牛込見附の門跡から
江戸城外濠の土橋を下り、
対岸の坂道を上っていきます。

ここが神楽坂です。



江戸時代から、神楽坂の毘沙門さま」として
信仰を集めた善国寺を過ぎ、最初の角を
左に折れて、地蔵坂と呼ばれる坂道を上ります。



この辺りは、家康の江戸入府以前は上野国
大胡領主牛込氏の居館があったとされるところです。


この先の住宅地の間に光照寺がありました。



光照寺は、1645年(正保2年)に
神田から移転したそうです。
牛込城が廃城後、約55年の事です。

この光照寺は、台地の端にあり、
外濠のある低地を見渡せる位置にあります。
牛込城の城郭がどのようになっていたのかは
残念ながら記録が残っていないようです。

光照寺の本堂です。



夕方に光照寺を訪れたのですが、
お通夜の準備が始まっていたので、
カメラを構えて境内を歩くのは憚られました。


境内には「諸国旅人供養碑」や
「便々館湖鯉鮒の墓」もあるそうです。
便々館湖鯉鮒は江戸時代中期から後期
にかけての幕臣で狂歌師だった人です。



"日本全国お城巡りの旅"に戻る

Shane旅日記 日本編に戻る