大堀館
Obori Yakata, Japan

登城日:
202011.10.16

【大堀館 概要】

大堀館は、武田信玄・勝頼の二代に仕えた
町田氏の居館跡といわれています。

1555年(天文24年)の第二次川中島の戦いの際、
上杉謙信は善光寺の東にある横山城に布陣し、
武田信玄はこの大堀館を本陣としたそうです。

川中島古戦場の散策記はこちらです。

大堀館には2011年10月に登城しています。

【大堀館へのアクセス】

長野駅からアルピコ交通の大塚南行バスで
更北中学校東バス停下車、徒歩すぐ。

又は松代行バスで、長野小島田バス停下車。
徒歩約20分。

【大堀館登城記】

2011年10月、廃線間近の長野電鉄屋代線に乗車し、
川中島古戦場跡を訪ねる旅をしていました。

長野電鉄屋代線の乗車記はこちらです。

真田氏松代藩初代藩主・真田信之のお墓のある
大鋒寺を訪れた後、千曲川を渡り北に向かいました。

向かった先は国道18号線と19号線のバイパスの
合流地点に近い大堀館跡です。


撮影: 2011年10月

武田信玄と勝頼の二代に仕えた町田氏の城館だった
という事ですので、城館として存在していたのは、
16世紀半ばから末までの半世紀程でしょうか。

思いがけず、立派な案内板がありました。

武田氏が滅びた後、町田氏はこの地で帰農したそうです。
大堀館跡は、現在では更北中学校となっています。


撮影: 2011年10月

今ではその痕跡は全く残っていませんが、
近年まで屋敷の周囲を囲っていた
堀や土塁が残っていたそうです。

大堀館跡の南に安養寺がありました。


撮影: 2011年10月

この安養寺には武田信玄奉納と伝えられる
守護仏不動明王が安置されているそうです。


撮影: 2011年10月

安養寺は小さなお寺でしたが、
由緒ありそうな立派な本堂でした。

"川中島古戦場"の散策記に戻る

"川中島古戦場の古城"の登城記に戻る

"日本全国お城巡りの旅"に戻る

Shane旅日記 日本編に戻る