川路城
Ruins of kawaji Castle, Japan

登城日:
2011. 11. 13

【川路城 概要】

武田軍の騎馬隊が、織田・徳川連合軍と戦い
大敗した設楽原古戦場の近くに川路城があります。

今の行政区では新城市に含まれる、東三河東部の
設楽原一体は鎌倉時代から設楽
(したら)氏が治めた地で、
川路城を本拠地にしていたそうです。

戦国時代末期の設楽氏領主・設楽貞通(1534-1596)は、
早くから家康に付き、設楽原の戦いの後は
設楽の地は長篠城主の奥平氏のものとなり、
設楽氏は駿河・遠江両国に移ります。

その後、1590年(天正18年)家康の江戸移封に伴い、
家督を継いだ設楽貞清は武蔵国札羽に移封となり、
川路城は廃城になったと伝わります。

【川路城へのアクセス】

JR飯田線三河東郷駅から
西に徒歩約10分程です。

飯田線の乗車記はこちらです。

【川路城登城記】

2011年11月、設楽原古戦場を散策したのちに
川路城を目指しました。

設楽原古戦場の散策記はこちらです。

連吾川沿いの小さな谷を南に下ると、
広々とした田園風景が広がりました。


撮影: 2011年11月

この景色を眺めながら更に南に進み、
JR飯田線の線路を渡り、旧国道151号線を
西に少し行った集落に川路城跡があります。

空き地の脇に川路城とお鷹井戸の案内板がありました。


撮影: 2011年11月

案内板には、設楽氏の居城だった川路城は
590年(天正18年)の家康の江戸移封に伴って
廃城になったとありました。

しかし一方で、設楽氏は長篠・設楽原の戦いの後、
領地が駿河・遠江に移ったそうですので、
設楽氏がこの地を離れ、奥平氏が治めるように
なった後も川路城は残されていたようです。

空き地の片隅に「お鷹井戸」がありました。


撮影: 2011年11月

設楽氏のお殿様が、鷹狩用の鷹を育成する際に
水温変化の少ない井戸の水を使ったそうで、
この井戸はその鷹の飼育用の井戸だったそうです。

お鷹井戸からの眺めです。


撮影: 2011年11月

川路城址の碑は、ここからもう少し南に行った
所にあるようですが、このお鷹井戸を眺めて
満足して帰路に就いてしまいました。

"東三河の古城"のページに戻る

"長篠・設楽原古戦場"に戻る

"日本全国お城巡りの旅"に戻る

Shane旅日記 日本編に戻る